藤本青果
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(Vol.011)
字幕翻訳家・落合寿和さんにインタビュー


お忙しい中、落合寿和さんの仕事場にお邪魔しました。



 海外の映画をみる上でどうしてもお世話にならなければいけないのが「字幕」です。今回は字幕翻訳家で字幕制作会社「ヘザー」を運営している落合寿和さんに、字幕制作に関するお話を伺いました。落合さんのブログ「Heather 落合寿和の字幕翻訳日記」は、さっぽろBBの「最新ブログベスト10」でも取り上げています。合わせてご覧ください。

Q: 落合さんは、どうやって翻訳家になったのですか?

 
 
落合氏●まず、大学の専攻が英文科でした。それほど有名な大学ではなく、試験科目が現国と英語と面接しかなかったので受けただけで、漠然と「英文科に入ったのだから、英語を話せるようになるのかな」と思っていただけでした。それ以前、高校までは英語を話した事もありませんでした。

 ただ、映画は小学校3年の頃から見始めていました。さらに高校の頃にビデオレンタル店が全国的に激増した世代で、ビデオレンタル店でアルバイトを始め、その頃は毎日2本くらい映画を見ていた感じです。

 要するに英語を聞くという行為を、無意識に長年やってきたということなのだと思います。小学校の高学年の頃には洋楽を聴いて、夢中になって歌詞を覚えてもいましたし。こうした子供の頃の蓄積があり、英文科に入りました。

 これは今も覚えていますが、1986年の10月の2週目の日曜日の朝でした。当時は横須賀に住んでいたのですが、バイクで5分ほどの所にある友人の家の近所に、父親が在日米軍基地で民間人として働くアメリカ人の一家が引っ越してきたのです。当時、私は大学1年で英文科の学生です。私はそのアメリカ人一家を訪ね「英語を勉強しているので話をしたい」と挨拶しました。

 この一家の8歳になる娘が“ヘザー”だったのですが、私は公共料金の支払い方から電車の乗り方、日本流のカレーライスの作り方(笑)まで教え、一家と仲よくなり、大学へ通いつつ、家では留学同然の時間を過ごしたのです。



Q:普通、作品一本の字幕を作るのに、どれくらい時間がかかるのですか?

 
 

落合氏●私の場合、ドキュメンタリーの吹替え版の収録までやっていたので、それを例にとると、1時間の番組の翻訳は3日ほどです。ただ、調べ物もあり、番組の放送順や、週ごとのサブタイトルも考え、番組宣伝用の資料も作っていたので素材チェックは早めにやっていました。翻訳する時にチェックが難しそうな専門的なテーマの場合、早めに資料集めなどをやるためです。インターネットが便利な道具になってきたのは90年代後半なので、それ以前はリサーチが大変でした。映画の翻訳作業の場合、1週間あれば大体の作業は終わります。

 それから、うちでは10年前から、翻訳原稿と一緒にビデオ画面に字幕を載せた仮ミックスというビデオテープを作っていました。この仮ミックスが翻訳効率を飛躍的に早めてくれました。ワープロで翻訳原稿を打ち終えると、字幕をミックスするダビングをします。VHSの素材で可能な、編集ともいえない簡単な作業です。「仮ミックス」とはいっても、市販の字幕入りソフトのそれと同等のクオリティなので、それを見ながら、またワープロのテキストデータを打ち直し、字幕を仕上げる。このシステムを独自に構築したので、15年で2,000タイトル以上の作品の字幕を作れたわけです。ちなみに、今ではコンピュータ1台で似た事ができるシステムが市販されていますが、当時は市販機が存在しないどころか、画面に載った字幕をチェックするという概念すら、ほぼ存在しませんでした。

 

Q:字幕製作で一番むずかしいことは何ですか?

落合氏●すべてです。専門的な知識が必要だと分かっている部分はもちろん大変です。でも、簡単だと思って訳している時こそ落とし穴がある。よく翻訳者が言うのは数字や方角を間違って打ってしまうという事です。私も経験がありますが、「東」とはっきり言っていて、そう思いながら「西」と打つ。この思い込みが一番難しいかも知れません。情報検索は今では問題ではありません。インターネットでほとんど解決しますから。

 

 
 

Q:報道局「ニュースコール」のディレクターをやったことがあるそうですが、なぜですか?

落合氏●これは「ハロー・ムービーズ」で知り合ったスタッフの紹介でした。大学時代、ヘザー達と過ごしたのは2年半ほどでしたが、その頃の「留学」状態と、実際の1年間のカナダへの留学経験が私にはありました。さらに留学中は中古車でアメリカ横断と縦断をして、かなりの数の州へ行き、国定公園なども数多く見てきました。1週間で5,000キロドライブした事もあります。

 そして、1980年代前半、中学から高校の頃は春、夏、冬の休みに周遊券を1枚買って夜行列車を乗り継ぎ、ヒッチハイクと野宿をしつつ、日本国内を放浪していた事。さらに大学時代には、大阪から上海へ2日の船旅で行くバックパッカーなどをして、アジアを中心に世界20ヶ国以上を旅行しました。

 それから大学時代は1人暮らしにも関わらず通学時間が往復3時間以上あったので、ほぼ毎日1冊、新書や小説を読んでいたので、それが3年で、恐らく300冊ほど。

 映画に音楽に読書に旅行。どの経験も比較的濃密だったのだと思います。留学中は1ヵ月に100本映画を見た事もありました。さらに毎日2時間は新聞(英語の地元紙)を読んでもいました。

 このすべてがあったので「海外の話題」を放送する衛星中継の部分を担当するディレクターには向いていたのだと思います。

 ちなみに、取材自体は海外支局の記者が行ない、日本で受け取った素材を編集し、翻訳し、BGMをつけ、放送時には日本のスタジオと海外の支局とを裏でコーディネートするのが私の仕事でした。海外と日本の会話の流れを原稿にして、カット割も書いていました。

 
 

Q:字幕制作会社「ヘザー」とはどんな会社なのでしょうか?

落合氏●10年前に設立したわけですが、当時は50ccのバイクで全国を走り回るような感じでした。先ほど話した仮ミックスのシステムは手軽な上にPCラック1台で全てが収まるくらいコンパクトでしたから。

 それからベーカムのスタジオもあり、恐らく、翻訳家が必要な、最小限かつ理想的なシステムを持った会社に近いと思います。

Q: ご自身のブログを立ち上げようと思った理由は何ですか?

落合氏●ブログの最初の数行が全てです。私が10年前にはじめた事も、字幕業界全体としては、ここ数年でやっと一般化してきましたが、一部進んでいないところもあります。

 映画ほど「公開」という言葉を多く使う産業はない気がしますが、字幕は「非公開」の部分が多すぎる産業です。5月25日のブログに書いた通り、オーディオコメンタリーの字幕は誰が翻訳しているのかすら、ユーザーには分からない。

 今はDVDが一般化した時代です。ちょっと意味深な言い方をしますが、映像と音声の融合と分離。テレビとインターネットの融合と分離。この中で、じつは字幕も分離できるものになっています。

 成熟した業界団体を早く作らないと、翻訳者の表示を適切にしないと、字幕の著作権について一定のルール作りを早くしないと、デジタル時代の動きの中で無法状態が生まれる危険があるのです。

 私自身は今、ウェブデザインの勉強をしています。閉鎖的な環境では息が詰まるものです。ブログを書き始めたのは、その環境を何とか改善できないかという、字幕翻訳業界にいる私の最後の願いのつもりです。

これが落合さんの字幕制作環境




 本日は、お忙しいところありがとうございました。
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