夕張メロン・じゃがいもの藤本青果
引越しのエース
IN & OUT 札幌トレンド ストリート

(Vol.012)

南部ひとめぐり〜グアムパノラマ街道を行く〜

65ドル 所要時間;約7時間。

私達は、一般的な観光ルートで歴史探索の旅へと向かった。

レジャーもいいけど、訪れた街の歴史に触れることで、意外なエピソードに出会い違った一面を感じることが出来る。
知識を得ることで、突然に異次元の世界が目の前に広がっていく。
早朝、ツアーバスに乗り込む。
「ミエ」さんという年配の女性ガイドさんが本日の観光案内をしてくれるという。

親切で丁寧で、細やかな配慮がある。
私達は、ミエさんの話に耳を傾けながら、一路グアム半周ツアーへと出かけたのだ。

興味深いお話が、次々とミエさんの口から語られる・・・
だが、私は学生時代、勉学に勤しまなかったばかりに、頭の中が飽和状態で・・・ せっかくのお話も、初めて聞くことばかりで、なかなか頭の中に入っていかなくって、もったいなかったなぁ〜って思う。
もっと勉強して、歴史の知識が少しでもあったら、きっともっと理解しやすかったと思うんだ。
フィッシュアイ海中展望塔。絵葉書になりそうな海の色。

昨日、マリンスポーツで出会ったダイバー達が、手を振っている。
「久しぶりだね〜(^^)」って、気さくに話しかけてくる(笑)。
イソギンチャクとニモ?かな・・・
セッティ湾展望台やソレダット砦では雄大な海を眺めて、スペイン統治時代の面影に触れた。
セッティ湾
スペイン橋
スペイン統治時代の面影・・・
大砲
1565年から300年以上続いたスペイン統治は、1898年、アメリカ・スペイン戦争でスペインが大敗したことで幕を下ろし、グアムはアメリカ領土となった。

3つの国旗 1914年、第一次世界大戦勃発。日本軍はミクロネシアの島々を占領。

1941年、真珠湾攻撃と同時に日本軍がグアムに上陸。日本軍による占領時代は2年間に及ぶ。

1943年、アメリカ軍による攻略が始まり、日本軍が基地にしていたグアム周辺の島々を次々に占領。

1944年、ついにアメリカ軍がグアム島に上陸。日本軍から島を取り戻したのだ。
町の名は、忘れてしまったのだけど、ガイドのミエさんが語ってくれた。

「この辺りは、日本の呼び名で呼ばれていた町なのよ。」・・・と。
さらに、興味深いお話がミエさんから語られた。

─昭和47年、グアム島のジャングルの中で、日本兵の横井さんが現地の漁民2人によって発見されました。
横井さんは、満州から昭和18年にグアムへ赴任。
敗戦後、生き残ってしまった横井さんは、タロフォフォ村の滝の近くの洞窟に住み、木の実、川海老、魚、野生の豚などを捕まえて食べていたそうです。その生活は、実に30年近く続いたんです。

ほら、ちょうど、あの辺りで横井さんが発見されたんですよ。

発見された横井さんは、すぐに病院に連れていかれましたが、程なくして悪いところは何所も見当たりません。。。とすぐに病院から出ました。全く健康だったんですね。

グアムは、通年を26℃という過ごし易く、ジャングルはたくさんの食物で溢れていましたから、飢えの心配は無かったんですね。

”恥ずかしながら、生きながらえて帰ってまいりました”
という横井さんの台詞は有名ですね。

帰国後、横井さんは、グアムでの生活が大変気に入っていたことや、また共に戦っていった仲間達の死を思い、 多くの日本人がグアム島へ注目することとなり、一躍有名になりました。
その後、多くの日本人達が訪れるようになっていったのです。

また、横井さんは、自分で衣服も作っていました。
その作ったジャケットなど、身につけていたものが、今もマイクロシネアモールの展示場に飾られています。─

遠い記憶。

何度か、その光景がまだ幼かった私の目に焼きついていた。
あれは、羽田空港での光景なのか・・・。
飛行機のタラップを降りてくる老齢の男性。
集まった報道陣とカメラのフラッシュ。

でも、それが、この地だったなんて、まったく繋がっていなかったんだ。
しかも発見された当初56歳だったのね・・・もっと年がいってるように見えていた。

20代後半から、長い長い逃亡生活。
失われた時間、時代背景が、私に訴えかけてくる。


ジャングルの中を通り、横井さんが目にしただろう風景を眺めた。
ツアーが終わって・・・・
「・・・展示会場で、横井さんの作ったジャケットが見たい!!」
と、突然、言い出した私に、
「食いつくとこ、ソコですか!?
ソコに食いつく観光客は、あなただけです!!(キッパリ)
でも、いいですよ〜。。。私も見たいから〜」と後輩は、言ってくれた。

展示場は、狭くて日本人観光客も見当たらず、すべてが英語表記だったために、あんまりというか、まったく理解できなかった。
だが、横井さんが作ったジャケット、パンツ、これだーーー!!
スゴイ、ホントに凄い。これを自分で作ったのか!?

私達は、食い入るように、そのフォルムに目をやった。

機能的なだけではなく、デザインが良いんだよ。
しかも、この素材は何だろう?って首を傾げた。
ヤシの木の何かかな?どうやってこの繊維状に見えるようにまでなるのかな?
などと話し合いながら、でも見れたことに大満足だった。

「横井さんて、マジでスッゴイ尊敬します!!」と後輩は、言っていた。


「天皇陛下万歳」「大和魂」「生きて捕囚の辱を受けず」「御国のために」
そんな言葉が飛び交う時代に・・・。
そして、多くの仲間たちが死んでいく姿を、自分だけ生き残ったことに対しての思いは、恥ずべきことだったのか・・。
死んでいった中間達の親族に対する思いが、自分だけ生きて日本の地を踏むことが・・・

私の思いは、遠く彼方の時代へと遡っていった。
ミエさんは、その他、多くのことを語ってくれた。
せっかくの語りに、ツアー参加のオバサマ達は、まったく日頃の疲れからか、グーグー眠っているではありまぜぬか!!

ヤル気満々だった私と後輩、それから老齢な品の良さ気な御夫婦、以上4名のみが、真剣にミエさんのお話を一言一句逃さぬように、 耳をダンボにして聞き入っていた。

地元の方と・・・ グアムに行ったわりに、アメリカンな食事ばかりしてたが、このツアーのランチでようやくチャモロ料理を口にすることが出来た。

「レッドライス」・・・グアムのフィエスタ(村のお祭り)をはじめ、チャモロ人の食卓に欠かせない一品なんだそうだ。

「地元の方々は、非常にライスが好きで、あのマクドナルドにすらライスメニューがあるんです。 世界でも、グアムのマクドナルドだけじゃないでしょうか。それくらい、ライスが好まれているんですよ。」
とミエさんが教えてくれた。

その食事にも腹ペコだった私は、またまたいつもの過ちを・・・
はい。写真、撮る前に食べてました。。。
そんな訳で、出会った犬、その名前も日本で親しまれている「タロウ」という名の犬でした。
ホテルで飼われている犬です(^^;)
このツアーは、お勧めですよ!!
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