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知床は遠い。
札幌から車で5〜6時間というのは納得がいくが、 公共交通機関を使うと半端じゃなく時間がかかる。
バスにしろ、汽車にしろ、まずは網走まで行くことが余儀なくされ、 そこから在来線に乗り換えて知床斜里まで。
そしてさらに知床斜里から主要観光スポットまではバスで30分から1時間。 計7〜8時間の長旅である。
「東京から空路で行ったほうが早いんじゃないの?」 なんて愚痴っても始まらない。
やはりそこは世界遺産、行くのにもひと苦労なのだ。
さて、私は諸事情により夜行バスを利用した。
バスを降りると、先に送り込んだ…というのは冗談で、 自らの意思で一足早く出発した友人が「ほんとに来たねー」って迎えてくれた。
そんなに信用ないのだろうか、ちょっとショックである。
しかし、すぐに気を取り直して観光をスタートさせる。
何でも今日はフレペの滝→知床五湖→カムイワッカで沢登り&温泉 というプランが出来上がっているらしいので、
着いたばかりの私は1日早く来ている彼女に従うしかなかった。
車を走らせ、フレペの滝に着いた。
不勉強ゆえに、もともと知床に対して明確なイメージを持っていないのだが、 フレペの滝の感動はイマイチだった。
花が咲き乱れる大地は確かに美しいし、滝はダイナミックだし、 断崖絶壁の風景は壮絶だし、海は澄んでいるが、どこか腑に落ちない。
不勉強ながらも“手付かずの自然”があるのが知床だと思っていたので
「ほら、見てよ、きれいでしょ!」 って言わんばかりに画的に整いすぎたフレペの滝は、正直グッとこない。
美人であることを自覚している美人に対してさほど興味を抱かないのと 同じ心境だろうか…?
内なる野性が消化不良を起こしているのを感じた。
次に行った知床五湖も然り。
ここは釧路湿原と尾瀬と屋久島を足して割ったようなところで(わかるかなぁ)、
まぁ、湿地帯の中に湖が点在していて、 そこをトレッキングするのがここの観光なのだ。
トレッキングコースは、やはり整備されていて、 そして知床観光の中でもメジャーでアクセスが容易なため
全国から集まった老若男女でごった返していた。
世界遺産になるとはこういうことなのだろうかと、 ちょっと複雑な気分になってしまった。
人の多さに辟易していたのも束の間、 開き直ってここでは誠に勝手ながら観光客ウォッチングに勤しむことにした。
日傘を差し、ヒールを履いたロングスカートの女や、 皮の鞄、皮の靴を身に着けたスーツの男など、
突っ込みを入れたくなるような人もちらほらいて、それはそれで楽しめた。
五湖観光の後は、本日メインのカムイワッカの滝へ。
知床に行ったことのある人なら、誰もが
「カムイワッカの滝はいいよ」っていうほど、評判の高いスポットだ。
沢登して。上流にある滝つぼにドボン!しかもそこは温泉! あー、なんて楽しそうなんでしょ。
ここに来てやっとボルテージが上がる。
どうやらここに来る皆さんは、登るときの格好や 靴あるいは沢登りの難易度など、入念な下調べをしてから挑むらしいが
「要は登るだけでしょ、登るってセンスでしょって」 私は心の中で余裕をぶっこいていた。
案の定、楽勝である。
あまりにもリズミカルに動物に近い動きで登るので、周囲の注目を集める。
友人は「彼女の真似はしないで下さい。あれは特別ですから」 とフォローを入れる役回りになってしまった。
それはさておき、ここは本当に奇跡のような場所で、 苔によってエメラルド色になっている岩に太陽が反射し、 蒸気がきらきらしている。
足元には湯が流れ、快適この上ない。
「天国ってこんなところなのかなぁ、こんなところだったらいいなぁ」 と本気で思ってしまったほどだ。
天国から抜けるのには覚悟が要るためここには相当長居をしてしまったが、 意を決して下界に戻ることにした。
カムイワッカ
バスで宿まで戻る。
着いてから、夕食までに時間が少しあったので、 海岸まで散歩に出ることにした。
途中、知床では珍しくもなんともないたくさんの鹿にすれ違いながら、 てくてく海岸に向かった。
海岸に出たときに先客がいることに気付く。
まさかのヒグマである。しかも親子ではないか。
この状況がどのくらい危険なのかは友人の顔を見てすぐにわかってしまった。
友人は真っ青な顔をして、ひとこと「…ヤバイよ」。
私たちは背中を向けずにゆっくりと後ずさりして、 ある程度のところまで行ってから一気に走った。
恐怖より、ヒグマに遭遇したという事実が嬉しくて、 走りながら顔は笑っていた。
聞くところによると、ヒグマは時速60kmで走るらしいから、 追っかけられたら絶対にアウト。
そうか、笑っている場合じゃないんだと言い聞かせながらも、 やっぱり神妙な顔にはなれない。
非常事態というものは、ユーモアと紙一重なのかもしれない。
逃げ切った実感したのは宿に着いたときだった。 いやー、お互いに無事でよかった。本当に。
そんなこんなで1日目は、とにかくよく身体を使った日だった。 夕飯をがっつき、早めに就寝。
だって、明日は山に登るんだもんね。知床連山で一番高い羅臼岳に!

2日目、羅臼岳登山。
朝一で出発する。
登山のパーティーは同じ宿の7人。
宿から登山口まで送迎のバスが出ているので、みんな一緒に乗って出発。
バスに乗り込むときに、約2名登山とは程遠い格好をしている人がいたので 念のため聞かれてしまった。「山でいいんだよね?」と。
それは、私となおちゃんという大阪から来た女の子です。
私・サーフパンツにノースリーブのカットソー、 なおちゃん・Tシャツ、ジョギング用パンツ、何と手ぶら。
「私たちは、山をなめているわけではありません! 山を知っているからこそ、この格好なんです!」
と心の中で叫びながらも、聞く人の心境もわかるので 「ハイ、山でいいんです」と謙虚に答えてあげた。
程なく登山口に到着。 お互いの装備をチェックした後、すぐに登り始める。
パーティーの中に羅臼岳経験者がいたので、彼を先頭にして後に続く。
山はマイナスイオンが出まくっていて身体が喜んでいる。
モイスチャー効果抜群だ。
屋久島ほどではないが、比較的地表は湿っているので、 多様なコケが群生している。
植物の種類も多く、私はこの山を一瞬で気に入った。
少し隊長のピッチが早いのかなと感じたのは、 日ごろから運動をしていない大人たちの息が切れてきたからだ。
「た、たいちょーう、もう少しゆっくりいきましょう」 と、友人が叫んだのでペースが落ちた。
一方、私となおちゃんは、案の定、余裕そのもの。
登山中はみんなのために終始歌を絶やさないという心遣いまで見せる… っていうか歌いたいだけなんですけどね、知床の大地で。
実際、声を出すことは、熊よけにもなるらしいので、 いつでもどこでもどんなときでも絶唱。
演歌、パンク、ロック、童謡、アニメソングと何でもあり。 私たちの歌のおかげで、それからの登山はすこぶる順調だった。
ただ、あまりにも頑張って歌ったので、 我々二人は最後のほうに酸素不足でめまいがしたというのは本当の話です。
頂上に着いたのは、お昼前だった。
頂上からは、知床の連山が見渡せた。
頂上は見事に晴れていて、日差しも強い。
低いほうでは霧がかかっているので、海と山の境がわからない。
「ここは天に近いんだ。」そう感じた。
それぞれが思い思いにしばらく過ごしてから、下山をはじめる。
この世には行ってはならない場所があるのだろうか。
聖域とか、結界とか、そういう場所は、現代も有効なのだろか。
屋久島に行ったときも思ったのだが、今ここに私がいることが不自然に感じる。
それがいいとか悪いではなくて、なんとなくしっくりいかない。
本来、人間が踏み入れてはならない所にお邪魔しているという感覚。
知床にいると、そんな気分になる。お邪魔しているとしたら、 お邪魔しましたと出て行くべきだ。
そんなわけのわからない結論に達したところで登山口に着く。
「お邪魔しました」とつぶやいて、羅臼岳を後にした。
登山口近くの温泉にどぼーんと入ってから、歩いて宿に帰る。
すぐに帰りの支度をする。
夕食を済ましてから出発ということで、
駅まで車で送ってくれることになった心やさしい友人はビールお預け。
一方、自分はビールをプシュ。
白状際まりない奴だ、私は。
みんなの冷たい視線を浴びながら、身体にしみこむビールを堪能した。
帰りの車から、みんなで月をみた。
きれいだ。本当にきれいだ。
知床に2日間滞在したが、 ここは入れ代わり立ち代わり訪れる観光客などお構いなしに、
多種多様な生命がそれぞれのペースで日々を過ごしているところなのだ。
四季の変化の中に身をおき今日を明日に繋ぐ。
その繰り返しと積み重ねが知床を創っている。
その断片を観光客が垣間見る…そういうことなのだろう。
知床には、まだまだ何百倍も何千倍もの豊かな表情が確実にある
ということを胸に刻み、私たちを受け止めてくれた
大地、海、空、それらのひとつひとつにさよならを言った。
夜行列車に乗り、瞬間で眠りについた。
起きたら、札幌か…。
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